海といのち

楽しかった海中でのダイビングを終え、水面に顔を出す。

なんとなくホッとして、見上げると、そこには青い空があり、明るい日が差していて、白い雲が浮かび、緑の陸地が見え、そして波間ではときおり、銀色の小魚が跳ねたりする。

私たちの住む地球の表面は、厚く大気と、その圧力によって、自然の営みが、しっかりと守られ、そして、それがとてもバランス良く保たれています。

私たちをはじめ、すべての生きものにとって、無くてはならない酸素ガス(O2) は、私たちが暮らす地表付近にあっては、みなさんすでによくご承知のように、大気中に約21%前後という、なんとも絶妙な値で含まれていて、あとはほとんど全てが、約78%という大量の窒素ガス(N2)で占められています。

私たちは、この大気というものを、あたかもあたりまえのように呼吸しながら、毎日を過ごしています。

でも普段、私たちが呼吸するというとき、たとえば、さあ息を吐いて~そして吸って~とか、では大きく深呼吸をしましょう~、とかいうときの呼吸は、私たちのアタマに付いている、口や鼻、そして胸にある気道から、せいぜい肺までの空気の出たり入ったり、すなわち、いわゆる外呼吸のみを、意識をしているのではないでしょうか。

けれども、私たちの呼吸というのは、それだけでは終わりません。まだ先があります。それは、もうひとつの大事な呼吸のしくみ、私たちの体内の組織で、いのちの炎を燃やす、内呼吸と呼ばれるものです。

吸う息によって、肺に取り込まれた大気は、そのあと肺を構成する、多くの肺胞の、薄い膜をとおして、そこにある毛細血管から、体内を巡る血液のうちに取り込まれます。

このとき、私たちの体内で、いのちの炎を燃やすのに必要な酸素は、ガスの状態から、血液に溶ける分子となり、それを血液中にあるヘモグロビンという、スグレモノのタンパク質が、ヨイショとばかりに担ぎ上げ、血液の流れに乗せていきます。

いっぽう、大気中に、大量に78%も含まれていながら、ヒトの体内で、いのちの炎を燃やすことなどには、一向に関心のなさそうな窒素のほうはといえば、こちらはこちらで、やることなすこと全ては成り行き任せデス~ といったふうで、いとも何気なく、これまたガスの状態から、分子となって、血液中へ、さらっと溶け込んでゆきます。

こうして、私たちの、体の組織に旅立つ準備ができた血液を待ち受けているのが、私たちにとってとても大切な、片時も休まず、ただひたすら黙々と働き続けてくれている、偉大な臓器、そう、心臓です。

肺から送られてきた、酸素をたっっぷりと含んだ血液は、一旦心臓に入り、そこから、それドックンドックンとばかりに、太い一本の大動脈から押し出されて、あとは私たちの全身の、隅々の組織までの旅(=動脈の循環)に出ます。

からだの隅々の、組織にまでたどり着いた酸素は、そこでヘモグロビンから、ほらよっ、とばかりに降ろされ、そして、そこでいのちの炎を燃やすお手伝いをします。

たいていいつもは穏やかに、淡々と、しかしあるときは激しく、そしてまた、ある時には強い私自身の意思によって。

このいのちの炎が、からだの隅々の組織で燃えると、その結果、二酸化炭素が生じます。

とても賢い、私たちのヘモグロビンは、この時も、それら燃えかすの二酸化炭素を、できる限り頑張ってとり上げ、今度は、えいやっとばかりにうちに抱き込んでしまい、そして、これまでのルートとは別の、心臓まで戻ってくる、帰りの途(静脈の循環)につきます。

この帰りの静脈の循環の途は、さすがのわが心臓さまにとっても、遠い末端の体の組織から、せっせせっせと血液を吸い上げ、呼び戻してくるという、しんどい仕事であるため、上半身ルートと下半身ルートとの、二つのルートに分かれて管理することになっていて、心臓への戻り口である大静脈は、従ってなんとも都合よく、上下の2本の構造をもっています。

さて、そのようにして、心臓にがんばって戻ってきた、血液中に閉じ込められていた二酸化炭素は、さらに肺胞の毛細血管に送り戻され、そしてその壁をくぐる時、それまでの分子の状態から、ここでぽあっとガス状になり、肺から胸の気道を抜け、私たちのアタマについている口や鼻から、吐く息として、ようやくやれやれとばかりに、体外に放出されてゆきます。

ちなみに、もういっぽうの窒素のほうはといえば、私たちの血液の流れに身を任せっぱなしで、結局は何もしないまま、組織への行き帰りの旅を勝手に堪能したあと、そしてここ肺胞で、やはりいとも何気なく、すうっとガスに戻り、じゃあね~とばかりに吐く息として、大気中に戻っていきます。

えっ、窒素って、何でそんなにいっぱいあるくせに、役立たずで、おまけに勝手で、うーん何となくやなヤツみたい、なんて思われるかもしれませんが、実はこれ、窒素には窒素の大事なお役目があっての上での、どーしようもないキャラなので、ここはひとつ、このまんま見過ごしておくことにしましょう。

私たちは、普段はほとんど意識をしていませんが、本来の呼吸とは、このように、肺まででおこなう、ただスーハーするだけの酸素と二酸化炭素のガスの交換、すなわち外呼吸だけではなく、それから先の、体の組織内で、血液の循環が取り持つ、いのちの炎を燃やすプロセスでのガスの交換、すなわち内呼吸をも含んでいます。

さて、ここでひとつ思い出されることがあります。

それは、呼吸、すなわち、自分の息というものは、私たちのいのち、それ自体の自然の営みなのですが、私たちにはこころがあり、したがって私たち自身のアタマ、つまりは意思によってもコントロールすることができる、ということでした。

ところがしかし、外呼吸のほうは、自分の意思が伝わる、呼吸筋や横隔膜で行うので何とかなりそうですが、内呼吸のほうは、心臓さまがとり持つ、血液の循環によって行われていて、そしてそれは、本来、私たちのアタマ=意思では、どうしても動かすことのできない、いのちそれ自体の、自然の営みそのものです。 

心臓さまはあたかも、”ワタクシは命そのものであるからして、アレコレ考えたりするアタマなんぞをかまったり、かまわれたりしているようなヒマは、ゼンゼンない、命には命の道があるのであ~る”  とばかりに、喩えてみれば、私たちの息が続く限り、せっせせっせと働き続けてくれているように見えます。

でも、そんな、私たちの手には、全く届かないところにあるように見える心臓ですが、私たちの息に、様々な表情があるように、心臓にも確かに様々な表情、というよりも、結構敏感に反応する、感性のようなものがあることは、毎日の暮らしの中で、皆さんにも十分に身に覚えがあることかと思います。

私たちは、よくこんな言葉の表現を使います。

ワクワクドキドキ、ソワソワドキドキ、胸がキュン、びっくりドッキリ、恐怖にバクバク、冷や汗ドキドキ、などなど。

みんな、ドキドキとかドッキリとか、心臓の鼓動の音に喩えた、それぞれ私たちのこころの状態を、心臓での感性で表現する言葉たちですね。

そう、心臓には感性があります。

私たちのこころは息にあり、心臓には感性がある。

そして息、呼吸を受け持つ肺と心臓は、機能として密接に連携し合う、いわば切っても切れない仲です。

そうであるならば、私たちのこころの表情である息は、心臓の感性とは密接な関係にあって、一見手の届かないところにあるようですが、もしかすると、私たちの息は、もとよりすでに、心臓とけっこうしっかりと、互いに感性を交わしあっている仲なのかもしれません。

ではここで、私たちの心臓の感性というものは、もとはといえば、どこから来たるものなのでしょうか。

肺や心臓を始めとする、いわゆる五臓六腑と言われる内臓なども含め、私たちのいのちの営みを司る、指令の伝達は、皆さんすでに良くご存知にように、これもやはり、私たちのアタマの意思ではどうにもならないとされている、自律神経によって行われています。

そして、自律神経には二種類あって、感覚や運動など、外部周囲への反応として、からだ内部から発信される、感性を司る交感神経と、食・消化・排泄・生殖など、私たちのいのちの本来の営みを守ろうとする、からだ内部の感性である、副交感神経とで構成されています。  

この自律神経の二つの系統は、私たちのいのちそのものの感性、言わばヒトという生きものが本来もち備えている感性を司り、私たちのからだ全体が、恒に均衡を保ち、そして平穏無事でいられるように、あるいは又、夜はぐっすりスヤスヤと眠れるようにと、たえず監視の目を光らせてくれています。

私達のアタマでは、ぜんぜん預かり知らぬところで、あたかも私たちのいのちの目的が、実はまさに生きていること、それ自体であるかのように。

さてそれでは、私たちのいのちにとって、大事な役割を果たしてくれている、これらの二つの自律神経の系統は、特に心臓においては、私たちの生命の発達史の中で、どのように私たち人類にもたらされて来たものなのでしょうか。

実は、私たち人類のご先祖様が、遥か悠久の昔、まだ海の中にいて、魚であった頃の心臓は、右も左もなく、ただ一対の心房と心室が、縦につながっているだけの、全く単純なポンプ構造でした。 

海の中、潮のながれのなかで、エラの~調子は~今日もいい~、などと鼻歌混じりにいつもまったりしていられた、魚君たちの暮らしでは、現在の私たちのように、地上で引力に逆らって、2本の足で歩いたり、飛んだり跳ねたりする必要もなく、従って、動脈血を、ポンプにように頑張って押し出す必要などはありませんでした。

魚君たちの、体内の循環のしくみとしては、鰓で酸素を得た動脈血が、体内を巡り、そして戻って来た静脈血を、ひとつの心房が受け入れ、そしてその静脈血を、そのまんま又鰓に向かって、もうひとつの心室が、ただ押し出すのみ、という単純な二部屋だけの構造で、充分だったようです。 

この魚時代の心臓に、指令を出して動かしていたのは、やはり当然のように、自律神経ではあったのですが、それは今で言うところの三叉神経、つまり副交感神経の系統だけしかありませんでした。

そう、この副交感神経は、日々のいのちが常に平安に保たれるよう、すなわち、いのちの安らかな恒常性を、いつも願ってはたらくスヤスヤ系の神経です。

広い海の中で、胸ビレをふわふわ、口をぱくぱくと動かしながら、今日の~ご飯は~なんだろな~、などと、ほんわか気分でいつもいられた魚時代の暮らしが、交感神経系にいつもドキドキ・ソワソワさせられっぱなしのような、私たち現代人にとっては、なんとなく懐かしく偲ばれたりするのも、こんなところから来ているのかもしれません。

私たち人類の心臓には、魚君たちの心臓とは異なり、酸素を運ぶ動脈を扱う、もう一組の心室と心房があります。 

渚を這い上がり、上陸し、やがて2本の足で大地の上に立ち上がり、そして、山野を歩き、走り、命がけで狩をし、焚き火の周りで食事をし、といった、動と静が複雑に入り混じる生き様となっていった、私たちのご先祖さまの暮らしの変化に伴って、心臓にとっては、体の隅々まで、動脈血をしっかりと送り出す、ポンプ機能としての新たな心房と心室が、どうしても必要となった、というのは良くわかる話です。

私たちの、この悠久の年月をかけた、生命の上陸の過程で、もうひとつの、とても大きな不思議は、私たちのかつての心臓の仕組みに、動脈血をポンプのように送り出す、もうひと組の心房と心室が備わっていったとき、そこに入り込んで来た、新たな感性を持つ神経系統がありました。

そう、それが私たちの交感神経です。

交感神経の交感の意味は、互いに感じること、つまり感性を通い合わせること。

交感神経の英語は、 Sympathetic Nouvous Systemで、このSympatheticという英単語を辞書で引くと 、同情、思いやり、などと出てきます。 

いっぽう、私たちが、一般的な解釈として、最近でもよく聞かされるのは、たとえば、”交感神経は、現代で言うところの、刺激やストレスも含めた、外部からの様々な要因を感じて、心臓の鼓動を早め、副交感神経は、その反作用として、安定させる相補的な働きがある” などといった、非常に限られた範囲に絞り込んだ、そして、それとなく過激な表現での説明が、ほとんどかと思われます。

ところが実は、私たちの交感神経は、このように、その遥かに来たるところを辿って見ると、そんなにドキドキバクバクするばかりと言われるような筋合いの感性ではなくて、そもそもはいのちにとって、ズバリ原点としての感性、生きていくためには必須である、からだ全体の循環のようすを思いやり、感じとり、それらと互いに感性を通わせながら、その勤めを果たし続けるという、いわば体温の暖かさをもつ、むしろ、自らのいのちを、慈しむような感性であった、ということができます。

さて、ここでもう一度、思い出してください。

私たちのこころは息にあり、心臓には感性がある、そして息、呼吸を受け持つ肺と、循環を扱う心臓は、機能として密接に連携し合う、切っても切れない仲である、ということを。

このことは、言い換えるならば、かつて、わたしたちの心臓の仕組みに、動脈血を送り出す新たな心房と心室が備わり、そこに交感神経が入り込んで来たとき、同時に、現在の私たちが、自らのこころとして手なづけることのできる、息というものに、思いやり、通い合い、慈しむといった、すべてのいのちにとってかけがいのない、原点である暖かい感性が、すでに寄り添い始めていた、といえるのではないでしょうか。

では、翻って、この殺伐とした現代にいて、あ~も~疲れるな~、などと言いながらも、なんとか頑張って生きていこうとしている私たちにとって、呼吸、自らの息のなかに、私たちの心臓にもともと備わっているはずの、その慈しみ、思いやるいのちの原点のような感性に、じかにふれることはできるものなのでしょうか?

答えはもちろんイエス、です。

もし、あなたがダイバーならば、都会の雑踏を離れ、海に来て、海と陸とが出会うところ、たとえば、ひたすら波が打ち寄せては返す、渚のような場所に、ふと立ちどまる機会もあるはず。

そんな時には、そこに佇み、海の果てに目をやり、波の音を、ひとつふたつと数えてゆく。

打ち寄せては返す動作を、延々と果てしなく、繰り返す波のリズムが、私自身の、静かに繰り返す、息のリズムに重なり、だんだんと、ひとつになってゆく。

息が鎮まり、その息の、緩やかなリズムに、私のこころが寄り添う。

背筋を伸ばし、無理をせずに胸を開き、まるで浅い砂地の、小さなくぼみから吹き出される、貝の息吹のように、あるいは、あたかも岩場の陰で、産卵の時を待つ、ぷっくりとした海鞘の息吹のように、ながく細く、そしてできるだけゆっくりと、息を吐きだしていくと、その息が、あたかも自身の胸の奥から湧き出し、運び出される血液に乗って、肩から腕をくだり、手のひらにおり、そして、手指の先にまで届いてゆき、そこでほのかな暖かい炎が、ふわっと燃えて、手のひらに灯る。

息はまた、胸から湧き出て体をくだり、腰のあたりをへて、さらに足をくだり、膝を過ぎ、果ては足先裏にまで届いてゆき、そこでも、ほのかな暖かい炎が、ふわっと燃えて、足の指先の肌に映える。

吐く息を、細くながく、できるだけからだの隅々、さらにその先まで、その先まで、とつなぎ、さらつなぎ尽くそうとして、いつしかふと、我に帰るようにして、新しい息をつくと、まさにその時、からだの奥から、アタマの中にかけてが、はっと清らかで透きとおった水で満たされるように、一気に澄み渡る瞬間が訪れる。 

いのちをつなぐ、本来の感性、自らのいのちを思いやり、慈しみ、通いあう感性は、そのようにして私たちのうちに棲み、私たちが、自らの意思により、息を鎮め、息にこころを込めて、その息をつなぎ、さらにつなごうとすることによって、はじめてその本来の姿を、あたかも恥じらうようにあらわす。

そして、体のいたるところの隅々で、新しい炎を燃やし、それが、私たちの肌に映え、肌に灯り、そして、清らかに澄み渡る、真新しいいのちの喜びをもたらす。

すると、ふと優しい勇気のようなものが、私のこころに湧き上がり、まっさらな私自身の時間が、いまもうすでに、始まっているんだ、と思う。

つづく。。 

さわみしん

沈船 ゆうほう丸 1944年11月26日 魚雷を受けて沈没

ゆうほう丸は、 1943年11月10日に、三菱重工・長崎造船所にて建造された、東京都飯野海運株式会社所有の 、大型オイルタンカーです。 

総トン数は5,227トン、 全長121.2m、 ビーム長16.3m、 蒸気タービンを搭載し、 スピードは11ノット。 

 同造船所では、これに先立つ1942年8月、戦艦武蔵が建造され、戦地に向け出航しています。 

そして、その武蔵も含めた大和級戦艦を擁した栗田艦隊が、1944年10月22日、ブルネイ湾から、レイテ沖海戦に向けて出撃した、そのほぼ1ヶ月後の1944年11月26日午後4時11分、ゆうほう丸は、ブルネイ西方の国境の町、クアラブライトの沖、北方約17マイルにおいて、米海軍の潜水艦USSパルゴSS-264から放たれた、一発の魚雷の襲撃を船尾側右舷に受け、沈没しました。

 前出の、ブルネイ北部でのオイルタンカー 梅栄丸の、触雷による沈没が、1944年10月28日のことです。 

日本を守るため、戦陣に赴く大艦隊を、後方で支えるべき、これら補給戦力の立て続けの喪失は、太平洋戦争の戦局が、当時の日本にとって、明らかに末期になりつつあることを物語っています。 

ゆうほう丸の、撃沈による、この時の犠牲者の記録は、これまでのところ、ありません。 

この沈船は、戦後から、地元の漁師によく知られていましたが、 シェル・ブルネイ石油会社の地形局によって、正確に位置が特定され、のち、1979年に、地元BSACクラブのダイバーによって調査が行われ、 2004年に、ゆうほう丸として確認されました。

 ここには、長さ70メートル、幅16メートルの、船尾側マストからの後方の部分だけが、深度約55メートルの海底から、高さ約14メートルに及んで、残骸のようにして残されています。 

ゆうほう丸は、船尾側右舷の、ちょうど救命ボートの真下あたりに魚雷を受け、その激しい衝撃によって破壊されできた、大きな開口部から、エンジンルームに浸水し、そして沈没したと推測されます。

 まず、船尾部分が着底し、その時、油槽がある船首側の船体は、水面方向に浮き上がった状態となり、そしてその後、何らかの力がはたらいて、ほぼ真っ二つに割れた可能性があります。 

この船首側の船体は、聞き伝えによれば、日本軍の手で、約1000kmの距離を牽引され、現在はシンガポールの東方、約150マイルの海底にあるとされていましたが、実際は、マレーシアの国境の町、ミリの沖合に沈んでいる、というのが正しいようです。 

ミリの沖合では、同様に1944年11月28日、やはりオイルタンカー である愛宕丸が、米軍の空爆によって撃沈されています。 

ゆうほう丸の、緩やかに弧を描く船尾は、時を経てもなを、綺麗にその姿をとどめています。 

また、プロペラや、後部甲板上に設置された機銃も、いまだにかつて活躍していた頃の気配を残して、そこにあります。 

魚雷によって、激しく破壊されてできた、開口部からのペネトレーションは、折れ重なる瓦礫状のクロスビーム等に、細心の注意が必要ですが、可能です。

 居住室であったとおぼしきあたりでは、瀬戸物の茶碗の破片や、ビール瓶の破片など、船内での生活の名残が散見されます。

 ゆうほう丸へ向けた、シンズテックのダイブボートが出航する、ブルネイの国境の町クアラブライトの港は、現在は、シェル・ブルネイ石油会社の、タグボートなどが頻繁に出入りする、ベース港となっています。  

海とこころ

忙しく、慌ただしい都会の日々。

いつも目先の出来事や、アレコレ飛び交う情報などに追われっぱなしで、落ち着く暇もない。

でも、一方では、まわりの人の目線が、なんとなく気になったり、いつのまにか、ソワソワドキドキしている自分に、ふと気が付いたり。

そして、街に出れば、いつもそこは噪がしく、息がつまるような唄ばかりに満ちていて。

そんな毎日の連続で、いつしかこころが荒れ、自分自身のこころの在り処を、亡くしている。

もし、あなたがダイバーなら、そんなとき、よし、海に行こう、海に潜ってふーっとひと息ついてこよう、などと思うのではありませんか?

私たちが生きる現代は、なかでもとくに都会暮らしの人々にとっては、それぞれのひとのこころが、いつしか何処かへ、失われてしまっているような時代、とも言えるのかもしれません。

では、ここで言う、自分のこころの在りかとは、一体どこにあるものなのか、ちょっとだけ、考えてみましょうか。

自らの心、と漢字で書いて、縦にそれを置き換えると、息(いき)、と言う文字になります。

そう、自分のこころの在りかって、一体どこにあるの?  という問いの答えは、もしかすると、どうやらこのあたりに有るのかもしれません。

私たちの、忙しく慌ただしい、現代の生活の中で、私たちの息は、まわりの出来事に反応して、その時々により、様々な表情をして見せます。 

息を飲む、息が詰まる、息が上がる、息が止まる、など。 

さらに、息をこらす、息をつめる、息を細める、息を放つ、などなど。 

ほとんどは、無意識のうちに、でもある時は、意思を持って。

私たちだけではなく、ふと気がつけば、生きているものは、すべてが息、すなわち、呼吸をしています。

呼吸は、それらの生きものたちが、それぞれに外から酸素をとり入れ、各々のからだの中で、炭水化物を燃やし、そしてその結果生じた2酸化炭素を、また外に送りだすという、言ってみれば、生きているものすべてが行う、いのちの炎を燃やし続ける、とても大切なからだの自然な営みです。 

でも、しかし、こんなに多くの様々な表情を持つ呼吸を行っている生きものは、もしかすると、私たち人間だけなのかもしれません。

呼吸をする生きものが、いのちを営んでいるところは、陸か海かを問わず、また、それが動物か植物であるかも問いません。

私たちダイバーが潜る海の中も、みなさんよく知っての通り、大小のとても多くの生きものたちで、満ちあふれています。 そして、そのほとんどすべてが、呼吸をして、それぞれのいのちを育み営んでいます。

たとえば、小さいものでは、植物プランクトンもしかり、あまりに小さいため、それぞれの姿を、直に目で見ることはできませんが、海の水が、緑いろに染まっているところは、そこが、多くの植物プランクトンのいのちで、ぎっしりと埋めつくされていることの証しです。

この、水の中のプランクトンの多くは、小さいながら、陸の植物と全く同じように、からだのなかに、緑いろをした葉緑体を同棲させていて、それが水中の2酸化炭素を取り込み、光合成で炭水化物を作り、水中に酸素を放出するかたわら、プランクトン自体は、それとは正反対に、呼吸により、水中から取り込んだ酸素を使って、その炭水化物を燃やし、そして、2酸化炭素をまた水中に放出するという、なんとも見事に一心同体となった、ひとつのいのちを営んでいます。

そして緑いろに染まる、視界の水底(みなそこ)には、もしかすると、アマモの群落などが、太陽の光を受けて、ゆらゆらと、揺れているかもしれません。 どういう謂れなのか、定かではありませんが、竜宮の乙姫の元結の切れ外し、とも呼ばれる、このイネ科の植物であるアマモは、お米や麦が、ふつうに陸の畑での呼吸にために、葉や茎にそなえている気孔を、そのまんま、水中でも上手に使えるように、適応させてしまい、何食わぬ顔をして、水の中での暮らしに、すっかり溶け込んでいるようです。

そして、アマモはなぜか、小さな生きものを、とても惹きつけるらしく、そのスラリとした葉の上では、カマキリにそっくりなワレカラが、プランクトンを求めて、ピコピコと動きまわっていたり、その傍らでは、いつ紛れ込んだのか、透明なエビの赤ちゃんのようなオキアミが、一人前に、その10本の足を、フル稼動させていたり、さらまた、根っこの方では、横歩きが得意らしいヨコエビ君たちが、何かを美味しそうに、ガツガツと貪り食っていたり。 みんな、それぞれが、水の中で生きてゆく、呼吸の仕組みを持ちながら、それこそ息切れなんてする暇もないデス~、とばかりに、一生懸命食べることに大忙しのようです。 

いっぽうのダイバーが、海で出会う魚たちは、皆さんよくご存知にように、その鰓を出入りする、海水の中の酸素を体内に取り込み、からだを動かした後の二酸化炭素を、また鰓から海水に放出するという、いわゆる鰓呼吸をしています。 

魚たちの多くが、その口と鰓蓋(えらぶた)を、互いに動かしながら、海水の流れを作って、鰓を通すことを繰り返しています。 

魚たちにとって、私たち人間と同じような、感情の起伏など、もしかしてあるものなのでしょうか。

海という、厳しい自然界の、食と生のサイクルの中で生きる魚たちは、その時々におかれた、環境や条件に、その都度敏感に反応して、確かに、様々な生態の表情を、見せてくれます。

もし、あなたがダイバーならば、たとえばサンゴ礁のような、明るい光に満ちた環境で、胸ビレをゆっくりと動かしながら、退屈そうに、海水をパクッパクッと飲み込んでいたり、かと思うと、通りかかった手頃な小エビなどに、しめたっ、とばかり、いきなりアタックしたり、といった魚君たちの光景を、目にすることも多いでしょう。

また、潮のガンガン当たる、岬の先端などで、ふと見ると、大きなメジロザメが、なんとも絶妙の中性浮力を見せつけながら、強い潮の流れのど真ん中にいて、それでも全く慌てる様子などもなく、むしろのんびりまったりしているようなのを、見かけることもあるかと思います。

そんな時の鮫兄は、その眼差しは、いつものように、ドヤッとキメていながらも、その口はといえば、ただぽわっと半開きにし、その鰓孔(えらあな)の綺麗な連なりを見事になびかせながら、酸素をたっぷり含んだ、パワフルな潮の流れと一体となって、もしかするとご当人は、あ~ええ気持ちやねん、とか、思っているのかもしれませんね。

話はそれますが、魚編に思う、と書いて鰓(エラ)、と読ませるのは、ちょっとシャレていると思いませんか? 魚たちにも思い、というものがあって、それが魚たちの呼吸の器官である鰓にある、とでも昔の人は考えたのでしょうか。 

ではこの辺で、そろそろ、私たちヒトの呼吸が、一体どうなっているのかを、見ていきましょう。 

私たちは、魚君たちの鰓呼吸とは異なり、肺を使っての呼吸、すなわち肺呼吸をしています。

これもまた、いつか中学校あたりで習ったことかと思いますが、はるか太古の昔に、海から陸に這い上がってきた脊椎動物が、私たち人類の、遠いご先祖さまの系譜にあることは、皆さま、よくご存知のはずです。

その、永い年月をかけた、上陸の過程で、水の中での呼吸器官であった、鰓に連なる鰓腸(サイチョウ)という部分が、進化してゆき、そして、私たちの陸の上での呼吸器官である、現在の肺の姿となりました。 

が、しかし、その肺は、その進化の過程からみてもわかるように、その機能としては、魚たちの鰓と同じに、受け身で働く内臓の器官のままでしたので、当然それ自体、つまり、肺そのものだけでは、陸の上で、楽々と空気を取り込み、酸素を体内での代謝に使うことなどは、できませんでした。 

潮の~流れに~身を任せ~、などと鼻歌を歌っていられた、魚時代の頃のような、海の中での海水の動きに頼り、その力を借りて行う鰓呼吸とは異なり、陸の上では、風船のような肺を、空気の出し入れのため、自ら進んで萎ませたり膨らませたりと、あたかもポンプのように活動させることが、必要になってきました。 

私たちの生命の、はるかな歴史の中での不思議は、海から上陸してきたいのちに、その肺が、自ら進んでポンプ活動するための装置を授けました。 それが、現在の私たちの肺を取り囲む、呼吸のための筋肉や横隔膜です。 

この呼吸筋や横隔膜に、命令を出して、肺に萎んだり膨らんだりの、ポンプ活動を、途切れることなくさせてくれている司令塔が、私たちのアタマの後ろ、延髄にある、鰓脳(さいのう、英語ではGill Brain)です。 読んで字のごとく、かつての魚時代の、鰓呼吸をつかさどっていた司令機能が、そのまま、現在の、私たちの肺での呼吸の司令機能へと、受け継がれているのです。

私たちが、夜眠るとき、手足や胴体の筋肉などは、共に眠ってしまっていますが、呼吸のための、これらの筋肉や横隔膜だけは、この鰓脳の支配の元、私たちのいのちを保つため、それこそ寝る暇もなく、働き続けてくれています。

つまり、鰓脳は、太古からのはるかな時をかけ、魚たちの時代を経て、陸に上がり、ようやっと人類となった私たちの、アタマのなかに今も有って、その役割を少しも変えることなく、呼吸という大事な私たちのいのちの営みに、司令を発し続けてくれています。 

そんなふうに考えるとき、私たちのからだのうちには、もしかして、あの魚たちのかつての鰓の、はるかかなたの遠い面影が、実は今だにしっかりと宿っている、と言えるのかもしれません。 

さて、ここでのとても偉大な事実であり、そして私たち、ヒト、人類にとって、なんとも画期的だった出来事は、この呼吸のための筋肉や横隔膜が、私たちの手足などの筋肉と同じもの、つまり、私たち自身のアタマ=考える脳からの指令でも動かすことのできる、いわゆる随意運動筋であったということです。

このことは、いのちの営みにとって、欠かせない呼吸の機能は、本来その自然の由来からして、私たちの意思では、どうにもならない機能であるにも関わらず、それをいのちの本能をつかさどる、鰓脳だけに全く任せきりにし、支配管理させるばかりにしておくのではなく、同時に、私たちのアタマ、つまり考える脳(=大脳皮質)によっても、支配管理ができるようにしてしまったことを意味しています。  

言い換えれば、私たちのご先祖様が、はるかな昔に、大地を二本の足で踏みしめ、すっくと立ち上がった時、私たち、ヒト、人類に、自分自身の呼吸の支配管理を可能とする、もうひとつの主体が生まれました。 そう、それが自我というもの、自分自身への思い、すなわち私のこころです。

いのちを司る、いのちの本来の自然機能である呼吸、そして、そのときどきに様々な表情を見せてくれる息というものを、私たちは、あるいは私たちだけが、自らの意思を持って、感じ、聴き、見つめ、動かし、そしてときには声に出して唄うなど、自ら自身での管理や支配を、ひいては表現することすらも、このときからできるようになった、ということになります。 

しかし、ふと気がつけば、私たちが生きる現代は、なかでもとくに都会暮らしの人々にとっては、文字通り、息つく暇もなく、それぞれのひとのこころが、いつしか何処かへ失われてしまっている時代のようです。

私たちダイバーが、普段の生活の中で、ふとなんとなく、こころを取り戻したい、というような気持ちになった時、よし、海に行こう、海に潜ってふーっとひと息ついてこよう、などと思うのは、もしかすると、自分自身の息を取り戻したい、という衝動が、いつしかこみ上げてくるからなのかもしれません

ダイビングは、潜水器材を使って海に潜るという、いわば娯楽としてのスポーツの一種にすぎないのですが、潜るヒト、ダイバーにとっては、海の中という、空気の無い、私たちの肺での呼吸が本来は全くできない、いわば完全に閉ざされた環境に、器材を使い、目的を持ち、意図的に入っていく、というスポーツでもあります。 

ダイバーが行う、海の中での活動には、普段の日常生活では、殆ど気にすることが無い、自らの息・呼吸というものを、しっかりと自分自身で意識し、把握し、そして出来れば上手に管理することが、自ずから必要不可欠になります。

これは、他のスポーツには見られない、ダイビングだけの特殊性、とも言えるのでは無いでしょうか。

こころを荒らし、こころを亡くしているような、この現代、都会の噪がしい、息が詰まるような雑踏から抜け出し、海に来て、多くのいのちの営みを包み込む、とても大きくて広い海というものの片隅に、私という、もうひとつのいのちが、ポカリと浮かび、自分の素肌で海に触れ、それを感じ、息を深くは~っと吐いて水面をくぐり、水の中に入り、す~っと息をつぎ、そして海に溶け込む。

海のなかで、自らが、静かに繰り返す息に、しばらく耳を澄ませていると、自らの、いのちへの思いが生まれ、海に触れながら、海を感じ、海にすっぽりと包まれて居る、自分自身の存在感が、否応無しに、蘇ってくる。 

息に、自分への思いが重なり、息と、自分のいのちが重なり、自分のいのちが、海と重なり、自分自身が、すでに海そのものであるような、海との一体感が、いつしか湧き上がってくる。 

私の息は、私のこころの表れ、この私自身だけが、この私の息、こころのリズムを、操ることができる。

自らの、こころを持つ、唯一の生き物が、私たち人間であり、その確かな実感が、海の中で、ダイビング=海に潜る、という行為によって、とても鮮やかに、甦えってくる。

忙殺され、これまで拘えられていた、瑣末で疲れるばかりのアレコレ、現代社会の生み出す、あらゆる無駄な思いから解放されて、私たち自身のいのちのみなもとに還り、ひと時を、海のなかで過ごす。

そしていつしか、けっこう私だって、まんざらではないかも、という思いが、沸き立つ。 

自らを、そのまま、暖かく受け入れることのできる、もう一人の自分が居る。

つづく。。

さわみしん